| 日々 |

いちばん身近な自然を知る。

●「モノをつくることで身体を知る」実験をしている。

絵を描くために身体のことを知ろうと思って始めた。
最初は本ばかり読んでいたのだけど、頭が悪いせいか
ちっとも入ってこない。
そこで身体のことは身体を動かして実感するしかない
な、ということで実際に身体や呼吸を意識しながら絵を
描くことに!

以前、友達と自分の身体的感覚でどこがいちばん発達
してると思う?という話をしていたのだけど、自分で
それが判らなくて困った。
大人になってすっかり、身体のことを忘れていたのだ。

意識的な社会?の中にずっといると、自分の身体を
忘れてしまう。自分がわからなくなってくると、もう
いちばん身近な自然を観察するしかないわけで…。

これで、ちょっとは自分の絵というものが見えてくる
という感じがする。ひとと違うっていうことは、きっと
身体や感覚の個体差だけなんじゃないかな〜、という気
がしてきた。実験、継続。

| 日々 |

穴凹は純粋を妨げる。

先日、友だちが「自分の穴凹が純粋な制作
の邪魔をしているよ」と教えてくれた。
 
わたしにとっては意外な話で、自分の穴凹と
いうのは、何かを成しえるには必要なもので
自分が頑張れるのもそのせいだと思い込んで
いたから。
 
だけど気が付いたのだ。
そういえば自分が「純粋にやりたい」と思う
個人的な欲求の邪魔をしているのは、まさに
その穴凹であることに間違いない。
 
でも社会的な意味で「お金ほしい」とか「認め
られたい」というような他人の欲求には役立つ
のではないかい?
 
いや、それも違う。穴凹を埋めたら、「やること
なくなるのでは」と思っていたことも全く違った。
穴凹が埋まるどころか、よけいにそのことを意識
するようになっただけだった。
 
 
ああ、なんてことだろう!
バカだ、バカすぎるよ自分。
| 日々 |

無能の石。



「news」で紹介させてもらった「おっぱい人形」の
制作中に、同居人に「無能の人」?といわれる。
そう、あのつげ義春さんのマンガのことでわたしのこと
をそう思っているのである。(笑)

わたしには「無能のひと」に出てくる、助川のような
イラストレーターとしての評価はなされていないにしても
もう自意識過剰で、どうしようないところが自分の本質に
とても近い気もする。…そもそも多摩川に「石ころ」を
拾いに行く時点でどう考えても同類だろ。
あのマンガを意識していたのならともかく、同居人に
言われて、ハッとする始末。

そういえば学生のころも、わたしの油画を見た先生が
「あなたの絵、つげ義春みたい」って…。それは単純に
見た目の話ですが、油をケチってあまり使わないので
画面がガサガサしていたせいなのです。だから決して
褒め言葉ではない!

なんか、そんなことをいろいろ思いだしたよ…とほほ。
 
| 日々 |

吸収のしかた。

●世の中にはいろんな媒体があるけれど、
「人間という媒体がいちばん大きい」って教えて
もらったことがある。

そういえば友人にも「君は他人(友人知人でなくとも)
の言った言葉をよく覚えていて、そこからあれこれ
考えているよね」って言われたことがある。
 
そのせいか解らないけどわたしは本がたくさん
読めない。本も他人が書いた言葉には違いないん
だけど。たぶん、わたしなりの吸収の仕方が
「聞く」方が性にあっているんだろうなと思った。
| 日々 |

みずのそらの展示について

●この10月に予定していた『みずのそら』での
展示を中止させていただくことにしました。

先月、ギャラリー・オーナーであるKさんが突然
お亡くなりになりました。わたしは「みずのそら」
オープンの際に「展示をしませんか?」と最初に
声をかけてもらってからの、長いお付き合いです。

それからというもの、わたしたち夫婦の出会いの
きっかけでもあり、結婚披露パーティを開催して
もらったり、一緒に海外・国内旅行や、夜遊び…と
公私ともに、ものすごくお世話になりっぱなしで。

わたしの中では、友人でもなく、家族でもないのに
ほんとに仲良くしてもらって、バカ話、恋話、人生論、
お互いの秘密まで…話しても話しても、話が尽きない
楽しい時間が過ごせる、とても大事な存在で、大好き
なひとでした。(いまも好きです。)

ご遺族の厚意により、今のところギャラリーの存続は
されており、展示自体は開催することができたのですが
わたしの中でまだ整理ができなくて、よく解っていない
ため辞退させてもらいました。

どうぞ、ご理解いただければ幸いです。
| 日々 |

なんか、カッコいいことやろうとしてません?

 

●きのこを眺めていたら出来た作品(ってわけでもない

けど…笑)を持って、秋に展示をご一緒するマリオ先生

と打合せに行ったのですが。

「これ、花にも合うしいいけど何かカッコ
いいこと
しようとしてません?」と突っ込まれる。

(実は自分でもそう思ってた。)

マリオ先生は華道家なので、彼もわたしに珍しい植物
素材を渡すために、山でいろんなモノを拾っていて、
それを与えて
くれる予定でした。でも、途中でそれを
止めたらしい。

何故か?

「カッコいいものを持ち寄って、カッコいい空間を
作ってどうだー!!…っていう展示になりそうな気が
する」とのこと。
…もちろん、そういう展示も空間も
好きだし、それはそれでいい。


だけど今回は、そういう展示とはちょっと違うことを
したくてマリオ先生とコラボしようと試みているのに。
これではあまり
意味がない。

「もっと、もっと面白いこと、やろうよ!!」と。
まさに同感だ。

こういう、展示までにクネクネ道を歩くのは大好きだ。

お互いの服をいちまい、いちまい、はがしていく作業。
それに付きあってくれる展示相手とギャラリーで
よかったなぁ。

| 日々 |

嬉しいこと。

●地方出張の際、よく飛行機に乗るのに
初めて、こんなに美しく見えた富士山。
この時に、もうとっても嬉しいことがあって
その予兆のような景色でした。

ひとの気持ちってホントに、わからないもので
ずっと誤解していたことがあったのですが…
わたしのカン違いかもしれないし?とか
どうやったら、そういう回答になるのか?とか
なんだか深読みする癖もあって、糸が絡まり
すぎていて、わけワカメなことになってた!

その謎をひとつひとつ解明。
糸をほどいていく作業はとても楽しい。
ひとのココロの奥行きみたいなモノを感じたよ。

今はただ、ただ、ただ、嬉しい。
こういう嬉しさ、忘れてた。
15年ぶりくらいに思いだしたよ。
| 日常の外 |

トルコ行ってきたよー!

グルジア、アルメニア、シリア、レバノンあたり
の中東にとても興味があるものの、なかなか渡航禁止や
避難地域も多いので、今年はトルコに行くことに。
トルコの東側はとても落ち着いていて、よい街でした。
イスタンブールはゴミゴミですが、色が何とも言えん寂れ具合。
映画「007」や「ザ・バンク」に出てきたグランバザール
の屋上に上がるの楽しみにしていたのですが、それが
出来ないらしい…と解ってちとガッカリ。でも赤いトラム
はとてもカワイイかった。

●↑グランバザールの中。色、色、色にあふれている。
 ↓ブルーモスクの中。装飾模様が美しい。

●イスタンブールから離れて、ギョレメというカッパドキア中心地
の田舎町にも滞在していました。あのちょい、エロい岩にはあまり
興味が持てませんでしたが近くで見ると、とても不思議でその中に
ホテルがあるという。洞窟の中はとても温かく、快適でした。
ここがホントに小さな小さな町で、のんびーりロバ時間。
●庭も素敵なのです。


●滞在してたギョレメという町から、さらに田舎にバスで30分の
場所にアヴァノスという陶器の町があるというので行ってみたよ。
とにかく壺、壺、壺、、、信楽のタヌキのようだ。



●このおばあさんに、写真を撮らせてくださいと頼んだら、
当然断られるが(トルコの女性は写真には写りたがりません。)
しゃがれた声で「Money」って手を出すので、1TL(50円)
を渡したら、ホントはとなりのソファーに仰向けになってタバコ
吹かしていたんですよ…(それがカッコよかったのに!)しかし
この通り、態度豹変!(笑)

●最後はラクダさんにも遭遇、これはウチヒサルの観光用。
背中に乗っけている鞍の装飾がカワイイ~!とカメラを
向けたら、ウンコぽろぽろ…ってどういうことよ!


●田舎町にいると、みんな声をかけてくれる親切さ。
トルコのご飯は何を食べてもハズレがない旨さ!
ごはんが美味しいと、とてもいい旅の記憶に残る。
しかも今回は往復の飛行機フライト12時間がヨコ4列空席と
いう奇跡!映画2本くらい見てダラダラしながら、ごはん食べて
あとは完全に横になって、ぐっすりお休み〜という。
今年の運を使い果たしたんじゃないか?と思うようなラッキー★
来年もこういう旅がしたいなぁ。

 
| 日々 |

寒い。

| 日々 |

フォレスト・コーミング

結城伸子さんの「海と森の標本函」という
本の中で「beachcombing」ビーチ・コーミングは
「海辺を梳くように探す」という意味で、森の場合は
「フォレスト・コーミング」と書かれていた。

この本では、著者が今まで海や森で拾い集めてきた、
ちょっとヘンテコでも美しいモノの写真、それらをきれい
に洗浄し煮沸や漂白をして、標本にするようなやり方が
たくさん紹介されている。

そこに写っている海洋生物名や植物名の種類から属性
原産地まで細かい表記も。また「いつどこで誰が採取したか
のラベル」をつけると楽しみが増えるとか、飾り方まで
とにかく親切な本で著者のヘンテコ自然物に対する偏愛?
がたっぷり詰まった楽しい本なのでした。

ここで気が付いたことがひとつ。
この本に惹かれたのは、ここに写っているヘンテコ自然物
がわたしも大好きだからなのですが、わたしは標本
(コレクション)にすることには、まったく興味がないこと。
また名前も属性も原産地も調べて記録することもしないで
あろう事実。(教えてもらったら、嬉しいのだけどね。)

それよりも、それを「どう使うか」に興味を持ってしまう。
どう飾るか、これで何か造れないか、デザインの元に
したろーという作家的発想。また、それを「どこで誰に提案
するか」をすぐ考えている商売人目線が、いつもアタマから
離れない。

つまり、そのモノに興味があるのではなく、あくまでも
「それ、と自分(他人を含む)の関係性」の方に気持ち
がいつも向いている。(それさえも俯瞰していたい。)
自分で自分のことがよく解らなくなるけれど、こうやって
ひとつの「タカラモノ」をみつけたとき、その先にある行動
パターンでその人の本性がちょっぴり解るような気がした
のです。

フォレスト・コーミングというほど立派な話ではないが
覚えたてのその言葉を使いたくて、公園で葉っぱ採取。
もちろん、来週の雑誌撮影用よ。(ふふふ)





 
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