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縄文人と暇。

 
最近、読んでいる本の中に「人間はいつから退屈という概念
を持つようになったのか」という、退屈の起源を掘り下げている
箇所がある。その本で紹介されているのが、西田正規さんが
提唱する「定住革命」という話で、これが大変興味深く、面白い。

「定住革命」に書かれている内容は、
氷河期から気候変動で、狩猟生活が維持できなくなり食料貯蔵を
しなければいけなくなり、定住生活をすることになった。
つまり、「農耕をはじめたから、定住生活をした」のではなく
「定住生活をしたから、農耕が始まった」ということ。

かつて400万年も遊動生活をしていた人間が、定住生活を
するようになって1万年。(これは4mにたいして1cmくらい
の尺度)そして、この定住生活1万年の間には、それまで
の数百万年とは、比べものにならないほどの出来事が起こる。
農耕や牧畜の出現、人口の増大、国家や文明の発生、産業革命
から情報革命まで。

そもそもの遊動生活は、毎度新しい環境に適応するために、
「人の持つ優れた探索能力は強く活性化され、新鮮な感覚で
集められた情報は巨大な大脳を刺激する」その能力を発揮する
必要のなくなった、定住者は己の探索能力を集中させ、大脳に
適度な負荷をもたらす別の場所を作ったのではないか。

定住以降の人類が、なぜこれほどまでに高度な工芸技術や
政治経済システム、宗教体系や芸能などを発展させたのかも
納得がいく。

縄文人が、土器に複雑な模様や装飾を施すようになったのは
定住生活がはじまったころで、それまでの旧石器時代の実用的
なモノや遺跡の様式とは対象をなしている。

定住生活には、だんだん「ゆとり」というものが出てくる。
そこが人間が「退屈」を感じるようになった起源っではないか
という結論。もちろん遊動生活が退屈ではないとは、言い切れ
ないが。

もっというと、このころから「人間とは何か」を考えるように
なっていったのではないだろうか、とわたしは推測しています。
五感をフルに使って生きていたら、こんな事考えないよなァ。