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| 日々 |

分類している場合ではない。

 
いつも何かを考えるときに、シロとクロを
「分類して考えよう」という安直な癖がある。
さらに、その中でいつも自分がいる側を
「低く」見るのが残念賞な感じ。この癖の
理由を考える。
 
たぶん、数の問題の話でどうも世の中に対して
少数派だと思われる方に、寄っていたいという
願望だと思う。つまり「ちょっと特別でいたい」と
思っているだけ…また同じところにきてしまった。
少数派は決して特別じゃなくて「違う」だけなのに。
 
こういう分類ばかりしていると、自分(他人)が
「どちらか」ということにしか目がいかなくなる。
こういう、解決方法だと、『どちらも』ということが
難しくなり、つい自分とは「違う」側を攻撃してしまう。
(羨ましいだけなのに!)
 
 
現実は違う。
もっとグレイだ。わたしの中には、どちらもの
願望もあるのに、どちらかを選んだフリをして
迷わないようにして、矛盾を受け入れていない。
 
人間は矛盾している生きものだ、ということを
理解するようにしたい。